コロナ禍ということもあり、定員数を減らしての開催です。朝から冷たい雨が降るあいにくの天候となりましたが、飯能駅北口を出て元気に出発しました。案内してくれるのは建築士であり、当会のアドバイザーでもある浅野正敏さんです。
入間馬車鉄道の終着駅跡。
大正4(1915)年に武蔵野鉄道(現在の西武鉄道)が開通するまでは、入間川駅(現在の狭山市駅)まで鉄道馬車が人や荷物を運んでいました。
銀座通りから浪漫横丁に入ると、どことなく艶めいた旅館「新川長」があります。
現在営業はしていませんが、当初はカフェ・ダンスホールであったため、入口のアーチ、側面の丸窓、かぼちゃのようなレリーフ、連続する卵型の文様…などなど随所におしゃれさを感じます。
時代の変化のなかで置き去りになっているような印象ですが、今でも異彩の存在感を放っています。
写真館小路に入ると、英国風の可愛らしいお店があります。
フィンランドのシナモンロールを扱っているロビン・グッドフェローさんです。
「かもめ食堂」はヘルシンキで食堂を営む日本人女性たちの物語ですが、理解のある常連客に囲まれながら独自の存在感を確立する食堂の様子が、どことなくこのお店のイメージと重なります。
旧・飯能織物協同組合は一時は解体の危機にさらされましたが、これを保存・活用していくという理解のある不動産会社が所有することになり危機を免れました。
木造2階建ての洋館風の外観ですが、寄棟造り日本瓦葺きの屋根にはしゃちほこが据えられており和洋折衷な建築です。絹織物産業の歴史を後世に伝える歴史・文化遺産という点においても大変貴重な建築物です。
つる植物に覆われて、ひっそりと佇む洋館風の医院がありました。土肥歯科医院です。
3面の外観を洋風に形造った看板建築と言えます。「看板建築」とは、正面から見える壁面をモルタルや銅板、タイルなどで覆った木造の町家建築のことを言います。
銀座通りの吉川理容所さんとご挨拶。
こちらはもともとは5軒長屋で、明治期の長屋建築を大正期に洋風な看板建築に改修したそうです。
伊勢屋さんでみたらし団子をいただきながら一服。
ここで前半終了です。雨で冷え切った身体があたたまり、ほっと一息をついています。
(後半へつづく)