【満員御礼】飯能まちなか散策ツアー、定員いっぱい7名の方にご参加いただきスタートです。

まずは飯能駅駅前の案内図で、講師の浅野さんが飯能の成り立ちについて説明します。飯能は江戸期より「西川材」(江戸の西側の山で伐採され「入間川」などで運ばれた材木)の集積地として繁栄したまち。明治後期になると、飯能の有力者らが中心となり「武蔵野鉄道」が設立された。

一行は珈琲苑より南裏通りを入り、cafe Crockへと。クロックだけに大きめの時計がかかっていて、正確に時を刻んでいました。元は時計店だった店舗をカフェとして営業されているということで納得です。

カフェの奥にはご実家のお住まいがあり、現在は「古民家くろっく」として音楽会、朗読会、読書会、民泊などに活用されているそうです。上がらせていただき、美味しいコーヒーをごちそうになりました。

高い屋根を支える木組みや釘の頭を隠すためにつけられた釘隠など、随所に和風建築の良さが見られます。

オーナーの小澤さんにお話を伺いました。この建物は1923年関東大震災を受けても建っていたとのこと。また4年前に改修した際に祖父の日記が見つかったとのことで少し見せていただきました。とても几帳面に日々をつづられていて、これは貴重な文献となりますね。空襲を受けた時の記録も記されていました。

しみじみとお話を伺っていると、浅野さんの奥さんが背負っていた少し小ぶりなギターを取り出して「弾いてくれるのかな?」と思ったら、なんと弾き語ってくれたのは浅野さんのほうで奥さんがハモってくださいました~(驚)井上陽水の「リバーサイドホテル」と竹内まりやの「いのちの歌」を披露してくれました。この後小澤さんもピアノでQUEENの「Bohemian Rhapsody」を弾いてくれました。

嬉しいサプライズが続いたあと、最後にみんなで記念撮影。小澤さんありがとうございました!目的地のまだ1番目なんですけど~楽しくて長居してしまいました(笑)

さて、古民家くろっくを後にして、浅野さんが少し足早に南裏通りを歩き始めました。梁や腕木を柱の外に突出させて、その先端に桁を出して垂木を支える出桁造りが非常に格調高さを感じる千野家を過ぎ、先日「一丁目路地あそび」を終えた一丁目ひだまり公園に。道路には子どもたちのお絵描きの跡が残っており、先日の子どもたちの笑い声が聞こえてきそうです。

向こうに見えるのは井上家のお宅。全体的に長い柱を使っているそうで、建物の高さが高く立派に見えます。2Fにはモミジの柱のみを使用した贅沢な和室があるそうで、いつか見てみたいですね。

二階建ての長屋が2軒続きます。一つ目は3軒長屋で現在は2軒、二つ目は4軒長屋で現在は2軒残っている状態です。長屋の1階部分には必ずと言っていいほど通り抜けられる路地があり、その先には井戸があることが多いとのこと。昔の人たちが長屋で共同で暮らしている様子が目に浮かんできますね。

八千代と高島屋が軒を連ねる南裏通りで最もハイソな空気感を醸し出すポイントに着きました。小料理屋の八千代は残念ながら営業を終了してしまいましたが、高島屋は4代目がお店を続けられています。以前は「一見さんお断り」でしたが、今は一般の方も気軽に飲食を楽しめるとのこと。ただ、店構えが放つ威厳のため、まだ入店できていない私です。

高島屋の2Fは竹・欅・桜の間、そして檜舞台があるそうです。飯能の最後の芸妓さんがである琴葉さんもこちらで踊っていたそう。日本舞踊は狭いところで踊るため、強靭な足腰が必要だそうです。

かつては材木商たちが宴会で使っていて、旦那衆の社交場でもあった畑屋。私たちには鰻屋さんでお馴染みです。鰻屋さんはやめられてしまいましたが、現在は土日のみ営業され、季節によりかき氷やお汁粉を出してくださいます。お店は明治期で、3F建の建物は大正期に建てられており、栄華を極めていた頃の飯能の空気をまとった非常に風格のある建物です。3Fは見晴らしが良いように、雨戸が開き、そこから天覧山が望めます。

(後半へつづく)